東京高等裁判所 昭和24年(ラ)85号 決定
一、当事者
抗告人 ○口清一
二、主 文
本件抗告を棄却する。
三、理 由
本件抗告の理由は、
抗告人は原審判書の事情に記載してある通りの理由(茲に原審判書の事情の記載を引用する)によつて、通名「三郎」を使つて來て既に二十年以上に及んでいる結果、抗告人を知つているものは抗告人を「○口三郎」として認識し「○口清一」は別人と思う迄になつているので、これから生ずる誤解や不便や混迷を一掃する為め本件改名を申立てた次第である。
改正戸籍法第百七条第一項は「やむを得ない事由」によつては氏の変更すらこれを認め、同条第二項は「正当な事由によつて名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得てその旨を届け出なければならない」とし、名の変更を認め、その届出を命じている。
即ち、同条第一項は、「やむを得ない事由」によつて氏を変更しようとするときと規定し、第二項は、「正当な事由」によつてと規定している。例えば同町内に「同姓同名」の者がある場合の如きは、「やむを得ない事由」による「氏」又は「名」の変更になるし、又「正当な事由」による「名」の変更とも謂わねばならない。従つて、第二項の正当な事由とは、やむを得ない事由よりも広く解すべきであると謂わねばならない。
改正民法第七百五十条は、「夫婦は婚姻の際に定めるところに従い夫又は妻の氏を称する」と規定している。即ち民法は、「やむを得ない事由」によつてその変更を認むる「氏」に於てすら、かように国民の自由を尊重するものである。況んや、正当の事由によつて、その変更を認むる「名」については、より以上の国民の自由を尊重するものと解さねばならない。従つて、「正当な事由」かどうかは、公共の福祉からみて弊害があるかどうかをみれば足り、それ以上であつてはならない。
本件に於ては、抗告人は、「○口三郎」と認識せられ、「○口清一」は別人と観念せられている実状であるから、名実共に一致させる為の「三郎」と改め、以て公共の生活を明確化し、現状に於ける混迷や不便を一掃しようとするものであつて、公共の福祉からみて弊害の除去にこそなれ何等の弊害をもたらすものではない。本件改名は正に「正当な事由」があると謂はねばならない。
憲法第十三条は、「すべて国民は個人として尊重される。公共の福祉に反しない限り立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」と規定している。
されば、前述のように、改正民法第七百五十条は、夫婦の「氏」ですら自由に選定せしめ、戸籍法第百七条第一項が「氏」の変更すら認めたのである。況んや同条第二項が「名」の変更を認め、その認める範圍も従来より広く解すべきは当然である。本件改名も、憲法の右条文に所謂「最大の尊重を必要とする」ものとして、許容さるべきである。
故に、原審判は、憲法に違反し、改正民法の精神に反し、改正戸籍法の趣旨を誤解した違法不当のものと謂はねばならない。依つて原審判を取消し、抗告人が戸籍の名「清一」を「三郎」と変更することを許可する旨の裁判を求める為め本件抗告に及んだと謂ふのであつて、証拠として、甲第一乃至第十二号証を提出し、原審に於ける抗告人審問の結果を援用した。
よつて按ずるに、当裁判所は、抗告人が本件に於て主張する改名を必要とする事由は、戸籍法第百七条第二項に所謂名を変更するにつき正当の事由ある場合に該当するものと認めない。而して之が理由は、原審判の理由に示すところと同一の見解に基くから、茲に之を引用する。なお抗告人は、如斯改名の許可を為さざることは、改正民法第七百五十条の精神に反し、且憲法第十三条に違反すると論難するが、惟うに、戸籍法第百七条第二項に、改名は正当な事由ある場合に家庭裁判所の許可を得て為し得べきことに定めた所以は、社会生活を営む個人の法律関係、戸籍関係に於ける特定性、同一性に着眼し、之が秩序を維持せんことを期し、之が秩序を維持することは、結局公共の福祉に適するものと考えたものであつて、若し個人の恣意により、社会公共の見地より是認せらるべき合理的必要性なきに拘わらず、濫りに改名が行わるることは、前記法律秩序を紊し、延いて公共の福祉にも副はざるに至ることを懸念したるに出でたものであることが明かである。従つて戸籍法に前記制限を設けたことは、何等憲法に違背せず、却て之に適合するものであり、その制限に服する限り、改名の許可を為さざりしとて、元より憲法に違反するものというを得ない。又改正民法第七百五十条は、婚姻の際、夫婦はその協議により孰れかの氏を称すべきことを定めたに過ぎずして、本件改名許否と何等の関係のない規定であるから、同規定によつて原審判を攻撃するは適切ではない。
その他本件に於て名の変更を正当とする事由は到底認められないから、抗告人の申立を却下した原審判を相当と認め、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二十五条、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条を適用して主文の通り決定する。